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生きたいように

NIKITAは発達障害。考えるための色んなことを書く。そんな感じ。

感情の問題 2017/02/26 20:50-22:05-23:27

感情の処理に苦慮している

もう3日で入院するのだが何もできないでいる。元々 寝たきりなのだ制作日誌を試す 2017/02/21 18:33-19:29 - 生きたいようにに書いたが、1か月あまりの異常な負担が 何の影響も及ぼさないわけがない

 

今私はほとんどの操作を音声入力でしている きちんとタイピングできないのである それぐらい 負担は大きかった だが 入院の準備のほとんどを私は一人でやらねばならない そんな状態ではないのに

初めに感情の処理 に苦労していると 記した

さっさと寝たりしないで 準備も出来ずにいるのに これを書いているのは それをどうにかするためだ

 

私は 何十年も 感情を抑圧して生きてきた

精神疾患ではよくあることである

感情を感じないということそのものは ありえないので めちゃくちゃにエネルギーを使って 押さえつけているわけだ

とても不自然な状態である

何よりも 生き物としての自然な欲求 というものが 「満たされる」以前に 禁止項目なのだから 自分がそれを持ってさえいけない

絶対に、いけない

命に関わるから

強力な自己否定感である

 

さてそういう人が 改善 され始めると つまり感情を解放され始めると 初めに感じるのは 怒りである 「何がしたい」という 気持ちは 強烈に押さえつけてきたのだから 最初に 感じることができるのは 「もう嫌だ」という気持ちである

つまり「したくない」という、自分の意思で拒絶する気持ちだ

それが怒りだ ということになる

 

自分を否定するということは 自然ではありえないので 誰かに押さえつけられた のが始まりである

私の場合は両親だったわけだ

かなり強烈だったようで それが生まれてから25年は続いた 25歳まで離れるチャンスがなかったのだ

 

それ自体はもう済んだことであるが、私の場合とても面倒なことになっている

 

とにかく記憶がない 今もこういう曖昧な書き方しかできない

私の育ち方 の詳細についてはまたにして ここに発達障害 と いくつかの ptsd などなどが絡んでくる

簡単に言うと 私が怒りを覚える人は とても多いのである

私は40歳だ それなのに 生活の仕方を 何も知らない

教わってもいないし 積み重ねることもできなかった

経験がないのだ あったかもしれないが 6年前 をはじめとして 何度か過去の記憶など吹っ飛んでしまうような 強烈な経験をしたわけである 私が 今のようには 現実世界に生きていた事があるとは思えない 

 

とまれ、全く生活の方法、生きる方法を教わっていない

生きる方法といっても 一般的には難しいことでもないことである

つまり生きるための習慣が何もない

食べなければ死ぬとか いや 1日3度食べるとか そういったことである

普通なら何も考えずに 自動的にしていることだと思う

調べても出てこないようなことだ

例えば育児書などを読めば出てくるかもしれない だが育児書は親のためのものである

そして親はその本を読んで工夫するのだ

実は私はそれに近いものを持っている だが読んでも全く理解できなかった

そばで間違えたら直してくれるとか カスタマイズが必要なのだ 知識がない ということだけでは済まないのである

知識と共にもう一つ 経験の積み重ねが必要である 習慣化である

40年間 普通なら習慣化していることが 私にはほとんどないのだ

……こうやって 文章を書いたりしていると そうは思われないだろう

 

非常に面倒なことはそこである

私は普段発達障害について できなさを口にするのを嫌う ほとんどのことは努力すれば克服できると思っているからだ だが出来ないことを説明せねばならない

それは今のところという条件付きなのだが こういう 他の人には出来ずに私にはできることがある またたまたまできたりすることもある あるいは大変な努力をしてできるようになったこともある 大変な努力をしてできたことは 他の人にとってはすごく簡単なことなので もう大丈夫だと思われてしまったり とにかく出来たということで やればできるのに できないふりをしている または 依存している などなど 発達障害の人は よく経験することだと思うが 私はその差が激しい 非常に誤解される だから努力をしているとか できないとか そういう話をすることが嫌いなのだ でもできるわけではない

こうしてじっくり1人で向き合いながら考え、書き出して行くような方法しか、説明できるようになれる手段が今は私にはない

その場で普通に思ったことを言えと言われても困ってしまう経験は、やはり発達障害者、精神疾患を持つ人にはあることである

克服する方法を探っている途中なのだ

特に私は会話能力が著しく低い

主張することは私には大変な犯罪行為だったので、まだ技術がないし、言ったことがその時その時で違ってしまうことも多いが、私は文字通りしゃべれるようになったばかりである

何とかしようとしているのだが、今すぐできたらおかしい

こういう話をすることは言い訳でもするようだし、自分で可能性を閉じる暗示をかける習慣にもなるからすごく嫌いだ

 

だから言及する必要がある場面では滅茶苦茶に嫌なことが重なる

疑われること、理解した気になられること、ただの依存扱いされること

今 私にとって現実とは 怒りに満ちた世界なのである ただ 以前と違って 私はきちんと現実を認識していると思う もちろん経験も知識も不足しているが こんな馬鹿げたことで 誰かと対立などしたくないのだ また 無理に 無理を重ねて 誰かに見たしてもらおうと思わない 単に邪魔をされたくないだけだ

 

今はさまざまな面でかなり手伝ってもらうしかないが、建設的に生きるための解決策を、努力するための手段を模索中だ

 

(中断 22時04分)

(再開 22時08分)

 

理解しろなど暴論だと思う

私は「了解」して欲しいのだ

臨機応変に説明をすることは非常に困難であることも含め、言ったことくらい信じてもらえないと何も先へ進めない

 

私の場合支援を受けねばまだ生きることの技術も何もないし、ぶっ倒れているのに自分でせねばならないことが多く、不得手なことばかりであるから、かなり過剰な負担になっている

ブログを書いてはいるが 遊びのためではない

もし内容読めば分かるだろう

どのくらいのことが無茶なのかもわからなかったが それは 自分を大事にするという発想が全くなかったからである やる気がないなどとは正反対だ

 

今年になって 自力で得たものはとても多い そして予想通り ごっそり色々な物事、人を失っている

だがそれに構っている場合ではないのだ

私は40歳だが 通常の40歳とは訳が違う

ここまで書いてきた通り 積み重ねも何もない 外の世界とのつながりもない そして10年ぐらい倒れたままだ

怒りを感じるのはある意味当たり前だと思っている

だがここからどうにかするのは自分の力である 人生の残りの時間などほとんどないと思っている

だから失ったもの去るものをおっている場合ではないのだ

今は自分で自分を救済することで精一杯だ

こういう話をしたくないが ある程度 元気でやったり 与えられたり 何か正常な環境で生きてきた人 そういう人に今はすぐに合わせるわけにもいかない 私は無神経かもしれないが 何であれそれどころではないのだ

 

今年に入ってのこの 特に1か月間 途中から私は全く見れなくなった めげなくなった だから特に私に気を使う必要はないが 私は静かに激怒している 一度怒ったら 簡単にはどうにか出来ないのだ

以前と違ってキレているのではない

怒っているのだ 体力が少し回復してきて 説明できる状態になったら ちゃんと書こうと思う

 

だが 今どうしても許せないことがある

 

言葉は一度出したら訂正できないと言われた 1回謝られたところで 消せないと言われた

私は一回しか謝られていないが きちんと説明しているのに 無神経では済まされないことをたくさん言われて来た 相手が善意なのはわかっていたので また定型発達の人が どういう言動をとるのか知らなかったので むやみに起こるものではないと思っていた

面と向かって私に怒鳴りたいようだが 私は今面と向かったら 張り倒すどころではすまないと思う

それほどのことをしたんだ

相手の今の状況は 相手は 私には わからないと言った

私の話を全く聞いていない証拠だ

詳しく書くことはできないが

 

付き合うのが そこまで 無理ならやめればよかったのだ

見放されないことで どんどん私は痛めつけられた 自分が何をしたかわかっていないのに 身勝手だ 私は 1万回 謝ってもらっても消えたりしないことを相当言われたが 私の本当の過ちは相手が怒った理由になった言動ではない。許せる範囲を超えたことを言われ続けても耐えていたことだ。執着して来たことだ。

 

相手の環境は私の正反対にある

だが相手の今の状況が大変なことだからではなく、その環境自体が、相手の不幸に思える

私が勝手に思うので相手には言う気もないが

 

これからもどんどんあの調子で人を痛めつけ続けて恨まれて、表面的な「幸福に見えるもの」に満たされた気になり続け、自分を誇り続けても、気づかずに我を張って行くのだろうか

 

そういうことをし続けたのだ

私にはそれでも怒る権利もないのだろうか?

善意なら何でも良いのか?赦さねばならないか?

そうは思わない

 

学ぶ所はそれでも大きく多かった

が、それは別の話だ

 

勝手に期待した自分が悪い、と言う

卑劣な表現だ

それはものすごい罵倒なのだから

 

私は昔同じことをしたことがある

その時の相手からは「あなたはそうしてわたしを冷たい人でなしと言うわけです」と言われて意味がわからなかったが、これだったのだ

私はその人のように自己救済が済んでいない

また立場はまるで違う

「人に求めてもどこまでも満たされないよ」とその人は言った

 

その通りだと気づけ

「これから」本当の意味ある苦労をしろ

人に本当にしてはいけないことを学べ

自力で幸福になれ、でなければ迷惑だ

絶対に自力で自分を救済して幸福になれ

私は何も教えてやらんし、そちらがしでかして来たことを伝えるほど優しくもないしそんなことまでもする気が起きるわけがない

悪気なく酷いことをすることは故意の悪意より悪い

 

人は変わるものだから

変わっていれば、将来再会しても特にこだわる必要はないが、今はいけない

 

今は定型の残酷さが私の冷酷さの比でないことを思い知っている

制作日誌を試す 2017/02/21 18:33-19:29

あまりに眠れない。昼寝を試みたが30分くらいしか眠れなかった。今、夕食時だが、諦めて肉をコーンと焼いて食べてみた。

美味しくない。口腔内が炎症だらけのためだ。痛くて味どころではない。

 

「過去にあったこと」を書き留めたり自分で昇華していくなどするために書くブログだが、私の手記にまとめて行くメモでもあるから、関係ありそうなことは書いていく。

 

先日から訪問看護を受け始めた。

一度は顔合わせしているが初対面と同じである。

また2週間ほどか、精神科ヘルプサービスで最近少し動けると言ってしまい、その「少し」が元気な人からの想像と実際では酷い落差があった。

 

それでやっときっちり自覚したが、私の言動は昨年来未から貰った助言などを思い出せずに完全なパニック状態であった。

 

それで、冷静になれないかと、日記でなく日誌をつけてみてはとおもった。

私は会話をする能力が低いことを自分で「発見」することができたが、その時、私がしていたのは「アンガーマネジメント」という有名らしいメソッドである。昨年の入院中に苛つくことが多かったので、たまたま書店にドカッとあったこの文庫が安かったから買って実践したのである。

 

アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)

アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)

 

今見たらKindle版が出ているからそちらが良い人向けに一応、というか私が紛失したので

 

アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)

アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)

 

 

これ以上安価で応用がきく書籍も珍しいというのが私個人の感想だが、面倒なことを敬遠する向きには薦めない。この程度のことも努力する気がない人が恢復していくか疑わしいが。

 

とにかく、記録をつけるのである。この本であれば怒りを覚えた時につけるのだが、ルールがある。自分を客観視するために組まれたルールなのがきちんとわかるので、納得して作業した。

認知行動療法とかそういうものに入るようだが、私は以前と違い専門的知識に今ひとつ食指が動かないように変わったので(この本の効用ではない)、興味あれば検索すればすぐにわかるだろう。

そうしていたら自分のことを「外側から見る習慣」がついたのである。

それで自分の会話力の低さがはっきり認識できた。自覚可能なのとぼんやりそうであるようだと思っているのとではわけが違う。

 

日誌というのはこういうものに入り、問題点を慌てず騒がず見る習慣がついて、解決に繋げる基礎になるというわけだ。

 

で、昨日、ここ最近のことをなるべく主観的にならないように書いてみて、呆れた。

1か月くらい、私の大の苦手でこれからどうやって行けば良いかひどく考えてしまうこと「しか」ない、と言えるような記録が出来上がった。

 

今は体力も落ちるはずである。眠れなかったり何だり、結構参っている。

 

気候的に変動が激しいのもあろうし、要因はひとつのわけがないが、口内炎などは一説にはストレスで消化器に小さな潰瘍ができて、同じものが口内炎としてもできるそうだ。あれこれ考えてみるに、そちらが今回はメインの原因だろう。無理する癖だ。日誌は(体力が)たまったら見せられる形で公開するかも知れない。

眠れない 2017/02/21 6:00-6:41

今日は徹夜になった。

 

何をしているのかとかよく起きていられるとか言われるが、幼稚園児の時には既に不眠に苦しんでいたので、質問や感想の意味が理解できない。皮肉ではない。凄まじい気合いがなければどうやって寝られるのだろうか。眠り自体にも恐怖があるし、休もう寝ようとすると酷い邪魔が入ることはこれまでに書いた。さらに、ともかくやることが終わらせられない。自分で区切りをつけるものと知ったのもごく最近だ。用が終わっていなくて忘れてしまったとしても恐ろしいことは起きたりされたりしないのが普通なのだ。

 

友人が私と同じ支援のひとつ、生活保護を受けた時のことを話していた。あれだけでも酷さは十分伝わるが、私はその文章を読んで、要点要点で私はとんでもない目に何度もあい直してい過ぎて目眩がする思いだった。甘やかされていたと思っていたが、本当にとんでもない。

 

まさかつらさ比べだのがしたいわけがない。ただ、私ではあんな文章を書けはしない。

 

来未が言う意味がやっと40歳超えて解ったのだ。自分で成し遂げることが強烈な依存性を持つと言えるくらいに気分の良いことと知って、自立の糸口を掴みかけの時点にやっと来た私では、彼女の自立に向かえる気持ちなどといったものは、正直に言えば全然解れない。

 

どうしたら良いかは眠って休んでから考えたいのに……。

 

誰なんだ。

明らかに犯されているのに、私はなぜ迎え入れる?

 

眠い。

他人からの破壊のあと 2017/02/18 7:57-9:07

今聞いて驚きとともに思い出したことがある。

※かなり直接的で過激な内容になっているため、最初のほうで何の話題か見たら、それで読むのをやめたほうが良い人が多いと思われる。心当たりがある、該当する人は読まないことを強くすすめる。私は治療法として書いているので悪しからず。

 

驚いたのは現在のことについてのためあとから言おうかと思う。

 

書いたことなのか、書いたならどのくらいまで書いたかさえ思い出せない状態なので改めて書く(全く話題にしていないとは思えないのだけど)。

2014年1月末、私は性被害を受けた。何でも良いからうまいこと性交渉に持ち込もうとして失敗されたのである。

 

具体的に思い出し続けたりしているのではないが、私はいつからか、主に眠ろうとした時に、ずっと膣内に何かを挿入されたままのような違和感を覚えるようになっている。

実際には数回、キスと着衣のままの抱擁を強要されたまでだが、これでも十分、私は「破壊」された。

今、ただ、「自分がそういう被害を受けた事実」までを思い出すきっかけがあって、それでも震えと吐き気がおさまらない。

 

私は性交渉自体の経験はあるし、大学時代、ふざけて倒錯的なセックスもしていた。本当にお遊びの、いわゆるソフトSMに入るか入らないか、くらいのものだ。が、それで擬似的に、押さえつけられたり、縛り上げられくくりつけられたりして、口など塞がれて強引にことを進められたらどういう感触がするか、くらいは知っている。本気で嫌なことはされたりしていなかったし、私も何も我慢するようなことはなかった。本当に、もしSM愛好者が見たら張り倒されそうな軽い遊びだ。彼氏は私を尊重して丁寧にした。何か特別なことをする時に、私に意思を確認しないことがあるとすれば、それが嫌なことならやめさせたし、事前に言ってしまうと意味のなくなる悪ふざけ程度で、問題なんかなかった。

 

………そういう趣味、と言えるほどでもない。

 

ずっとしつこく挿入を続けられている感じがしてならない。気分が悪い。吐き気と別に、感触も変だし、あの日いくらやめてくださいと言っても聞き入れられなかったせいで「性的なことを強制的にされる」ことが、私には止められないことになってしまった。

そもそもが私に意思なんかあることを認められた経験自体ひどく少ない。そのためか、ことこの記憶で起きるこの現象、感覚に対して、やめてくれという言葉を自分のものとして思ったりすると、されることは酷くなる。

 

ほら。こうやって書き出して何とかしようとしているのが本当に気に食わないのだろう………。

 

耐えられないようなレベルのことはおさまって来た。

もう震えていないし、パニック状態でもない。

 

実際にされていないことは私が想像力で膨らませたことだと思うけれど、さて、自動的に瞬間的に膣内が満たされた感じがするのは「いつの間にかなくなる」ことの気がする。

相手にせずに済むならここまで。どうやっても強烈な感じがしてダメなら、少し考えがある。その時はまた更新するかも知れない。

 

今日驚いたのは「強姦罪」についての改正が今なされようとしている、ということを初めて知ったからだ。それも3年も前から審議されてるとか。

ウソだろうと思った。私はつい先日、自分の被害がどういう風になるか、刑罰などを調べたばかりなのだが、全くそういう記載を見ることはなかった。検索したらふざけた内容だった。どこが重罰だ。ほとんど何も変わっていない。非親告罪化、性別の撤廃。それと罪名が変わる。それだけ。

 

ふざけるな。

自己破壊について深掘りした 2017/02/13 15:23-18:16

最近気苦労がひどくて参っているがちょっと合間となったので休もう、1回寝ようとした。突然過去のことが襲って来て苦しくなったからだ。

 

が、いきなり玄関チャイム音がした。1回だけ。ピリピリして寝るどころではなくなった。

 

チャイムがこうして影響するのは元々、予定にないことが起きると混乱してあわてふためくからで、私にはそもそも怖いものではあった。が、怖いと言っても緊張が酷く強いくらいだったと言える。「パニック障害」と言って怖いことがあまりに度を越したものだった、そういう経験があるという場合、恐怖感と主に呼吸の強い苦しさが出るものがあるが、私はずいぶん前からそういう現象が起きるようになっていたので、一般的な苦手意識からすると結構キツいものだったかも知れないが、それでも今ほどキツいものであったか忘れた。

 

一度この「病気」を自分で消してしまえたのだ。10年以上どうにもならない重症者だったのだが、消した時はわけなかった。

 

偶然その頃の話で苦しくなったので寝るところだった。

 

2014年1月半ばにTwitterでだけ繋がりのあった友人が消息を絶って、自殺したのではないかとも受け取れるメッセージを残していた。私は死にそうな状態だった。見兼ねた共通の友人(当時)とその彼氏が、私の力になろうとした。その月末、私は別の知り合いにレイプされそうになった。

 

上記の一段落でも結構な状態だったのだと今気づいたが、私がいきなり思い出して苦しくなったのはその2人と酷い形でたもとを分かつ結果になったことだった。

 

夏くらいまではつきあいが続いたが、私が別のところで書き込みしたことが彼らからすると酷いことで、私に問いただすか何かした時の私の対応がメチャクチャだったのが、結局見限られる結果となって行ったのだ。が、私は今でも納得できない。彼女の言うことも全然意味もスジも通っていないし、メチャクチャだった。私についてメチャクチャなことを言っていた。していないことも言えば、迷惑をかけないために決めたルールを私が遵守したことは記憶していないし、そんなルールがあったこと自体忘れたらしい。2人でだけしたやり取りも一体何を言っているのか理解不能だった。

 

精一杯しようとしたこと自体はわからないではないが、とてもグロテスクな終焉だった。

 

男性は虐待を受けて育っているが詳しくは知らない。私が虐待されて育ち、自分の発達障害の特徴をつかみきれずにほとんど誰ともうまく行かず、騙されて2回、その時すぐなら刑事告訴ができた可能性が高い攻撃を受け、親友を2度自殺で喪い、絶望しかけて、というか発狂状態で出会った友人に救われかけたがやはり失い、という状態が彼と比較できるものかは知らないが、私達は全部間違えたのだ。専門家がどうなのか、今の私は疑いを持っているが、少なくとも彼らが私の何かバックアップができるのかどうか見極めることもできなかった。元看護師の寝たきりの彼女には、本人にも私からも過信があった。いわゆるPTSD、その急性期のASD(acute stress disorderの略で、自閉症スペクトラムのASDと略が同じなので紛らわしいが、「急性期ストレス障害」である。PTSDはpost traumatic stress disorder「心的外傷後ストレス障害」)について、皆で彼女は通常よりもよくわかるだろう、と。

 

彼女は今も「人助け」に余念がないのだろうか。絶対に自分が正しいと信じて疑わなかったが、何がおかしいって、私の「裏切り」にずいぶんショックを受けたようなことを言っていたが、全然そんな様子にはどういう見方をしても見えなかった。虚勢を張る、という様子には見えなかった。Twitterで、私はしばらく怖くてブロックできなかったが、ブロック後、突然、別口から世話を焼こうとしてメッセージを飛ばして来た。意味がわからない。私が反省でもしたと思ったのだろうか。「貴女は反省を学ぶ必要があります」と言っていたから。何を言っているのだ。さすがにプライバシーは出せないから詳しく言っていないが、あなたは自分が大丈夫じゃないことがわからないのか?人を上から「助けた」気になって感謝されないと我慢ならないのだと、気づけないのか?あなたから逃げるためにTwitterをやめた同病の人たちが一定数居ると、知らないのだろうか。

SNSとブログの区別もできない。私はどこにも誰にも言いようがないから直後に彼女が知らないはずのブログで、当然、誰だかわからないように、なんの話だかもよくわからないようにして吐き出したら、削除しろと言ってきた。どうやってそのブログを見つけたかわからないと言う。

SNSは「友達」が見るが、ブログなどほとんど見られることはない。その辺りもSNSで最初に配慮を凄まじく欠いたのは向こうで、私は激怒した。ブログを同じもので、私が書き方に細心の注意を払っていることは理解できずする気もなく、……何を反省しろと言いたいのか。

 

彼女が完全に関わるのをやめる宣言をしてきた時、私は信用できなかった。が、やっと解放されたのだとは思った。大嫌い、と言っていたが、私はその何か月も前から嫌いを通り越したよくわからない不気味さにおののいていた。

 

男性の方はたいそう恐ろしい感じのする言葉でメッセージを送ってきてすぐに関わるのをやめていたのだけど、メッセージアプリではブロックしてくれなくて、これも怖くてたまらなかった。私の個人情報をほぼ全部知っていたから、私からアクションが起こせなかった。

 

ずっと、思い出すと怖かったりした。怒りもある。全然私のことをわからないと言っていたが私だって理解できなかった。

 

その後から私は99パーセント人間不信になった。100に行かないのは私が自立していないからだったと思うが、私は「敵意のない相手から悪意を見い出す」ようになった。

2016年に来未炳吾に手を貸してもらう気になったのは、その後手伝ってくれようとした人達を私が振り回して遠ざけまくっていたからで、一度はやめると言われた時、「あなたは敵意のない相手から悪意を見い出す状態ですので」それではできないのだと言われた。

ブログを書くと良いと言われた時散々渋ったが、私は自分でも何故そんなに警戒心が強かったかわからなかった。身バレ(身内にバレること)が怖いんですか、そんなの偽名使えばいいじゃないですかと言われたけど、私は明確な返事ができなかった。

 

このせいだったのだ……。

 

今は詳しく書いている間、リアルに吐きそうになっていた。が、思い出、としては、悲しく思うようになった。

何を言われたりされたりしたか伝わるとは思えないから、私がとても身勝手で反省すべきだという感想を持たれそうだなとは思う。

 

私は2人と関わっていた間の4月、自分で「パニック障害」を消失させた。ずっと独りの私を対等に扱い心配してもらえるから、それが欲しくてこの現象が起きて止まないのだと気づいたら、すぐに消えた。

 

そんなものなのだと思うと色々と悲しく思う。それだけでは全然私の心は何かが済んだとは感じていない。空虚感と主治医が言っていたけど私は欠落感とか欠乏症とかいう感じがしている。埋めないと、満たさないと、ただ苦しいしオロオロするだけの自分に戻る。

 

その埋めたり満たしたりするのは自分だと、理屈ではそれは大昔から知っている。だけどわかっていないことも痛感している。今の体調不良は酷い。やっとそれでわかって来たのが、自分で自分を破壊して来たことで、努力だの成果だの認められたいだけのことだった。

なんて虚しい話だろう。そりゃ、きっと、大事な誰かと色んなことは分かち合えた方が良いんだろうと思うが、それが目的で自分を破壊するのでは本末転倒ではないか。自分で自分を壊しながら助けてくれないとか感謝されないとか詫びがないとか満たしてくれないとか、それじゃ、私の両親、特に母と同じで、毒を撒き散らすだけで逃げられるに決まっている。過労死、過労自殺だって、私が雇われていたらしていたのかも知れない。

 

私はまず、自分に詫びようと思う。

よくこの歳まで保ってくれた。あんなに何度も自殺図ったり無茶苦茶ばかりしてボロボロにして来たのに。

自分に一番酷いことをして来たのは私だから、まず、私は自分が嬉しいことや楽しい気持ちになることや、そういうことができるように色々と努力しよう。理解されようとか思ってたら一生なんかすぐ終わってしまうだろう。私が幸福になるのに、たくさんクリアしなければならない人生の障害物はあるのだ。今、人のために時間も労力も使えない。他人の犠牲って文字通り犠牲になってしまう。それはできない相談だ。余力のある他の人をあたってくれ。私はリアルに健康を思い切り損ねている。身体はこれ以上保たない。

 

既に、私は他人からも「殺されて」いる。まだ半死半生なのだ。そっちについては自分で清算する必要もある。

 

まだ何もしてない。まだ本当にしたいことは何もしていない。今死んだら困るのだ。

孤独と自己破壊 2017/02/13 1:24-3:00

私は自分の特徴のひとつとして発達障害を位置づけている。だから当事者達の会話には辟易する。アイデンティティ化しているのだ。発達障害が自分だと思っている。発達障害である自分が自分だと思っている。自分がまず○○さんであることはどうでもいいのだろうか。自分がまず人間であることも忘れて発達障害当事者という生物であるように思っているみたいで、私はついて行けない……。

 

私はこのブログの一言説明のようなところに発達障害であることを書いているが、そんなに重きをおいているわけではない。発達障害であることは事実だし、それで苦労していないとはとても言えないが、例えば発達障害の知識を本などで漁ることは割合すぐに放り出してしまった。

自分に何らかの障害となるものがあるというのは19歳になる頃気づいたのだが、それで障害者に関する法律が載っている本(政府か何かの公式のもので特に解説などないものと、ずっとあとになってからは人権擁護団体が出版したものも手に取った)を見て、法律を作った奴を張り倒したくなったのを覚えている。人間であることは一緒だし、権利は同等なはずなのに、どう読んでも見下しがあり、どう読んでも当事者にばかり負担が強いられ、どう読んでも当事者は苦労のわりにまるで報われない、まるでつり合わないと感じたからだ。

その感覚が10年以上は先にあったためと、カウンセラーが気づくよう仕向けてくれたのが大体冒頭部分に書いたことだ。

 

私はアスペルガーの診断を受けて、まもなく絶望した。自殺どころか、横になって指一本動かせない状態になったことをよく覚えている。というかそれしか記憶にない。

絶望した理由は、発達障害が脳の固定的な状態であり、それは生きるのに障害となるもので、いくら努力しても大して何か変わったりはせず、だから「定型発達」つまり典型的な発達をした脳で生まれた人と同等なことができるようにはなれない、という説明をされたことだ。

もう少し詳しく言うと、それでは私の実家連中にとっては完全に生きている理由のない、エサを与えて面倒を見る価値は一切ない不良品だという価値観があったからだ。努力して何であろうとできるようになれないなら存在価値はない。それは本当に無茶苦茶な内容に及んだ。

「子どもに人権があるわけないだろう」と父は言った。両親とも私が何度も死にかけたのに、救急に通報するとか、その前に異変に気づくほど私をきちんと見るとか、具合が悪い時に看病するとか、そういった感覚はずっと身につかなかった。生活するすべも私にはわからない。あとで医師が怒ったほど具合が悪いのに無理に登校や出勤を強いられたが、何であろうと、彼らには私が生きるのに普通に必要な通常の知識は何も伝える気がなかった。

 

私が彼らのために何かした記憶はあるが、してもらった記憶はない(養われたとか食事を出されたくらいは覚えているが……)。今なら児童相談所の介入対象であるらしい。

 

ともあれ、私は自分の価値がゼロからマイナスになって、親から廃棄処分された。大学のために独り暮らしを試みたが全く何もできず、断念して実家に帰ろうと相談の電話をした。今も、彼(父)が一体何を怒っていたのか全くわからない。何を言っているのか意味がわからないことを昔からよく言う(キレるのが多いが普通のつもりらしい会話でも意味不明のことを言っていた)ことがあまりに多くて、「この人は宇宙人なんだ」と思って生きるようになっていた。

 

私独りが、モノで道具で不良品で、そんなモノが正式に不良品のお墨付きをもらって、自力で生きる力はなく、今後もその望みはない、それだからと面倒をみてくれる人はなく、私は殺されても文句が言えない。不良品でしかないモノをなぜ後生大事に持ち続けるだろう。棄てるだろう、邪魔だ。返品不可なら棄てるしかない。

 

どうやって動けるようになったのか全然覚えていないが、私が発達障害であることは私からは斜に構えて見る感覚なのだ。

定型発達だと何なのだろう。逆に発達障害だから何なのだ。「定型」側からしか、「健常」側からしか見ない、それが標準で目指すべき指標であると思っているばかりの知識とやらは、そんなに大事なのか。我々は劣っているから補助がいるのだろうか。おかしいから恩賜がいるのか?

違う、と感じたから本も何も放りなげたのだ。世界を良くする貢献ならできる範囲でするとかそんなの当たり前だけど、誰のためにするのだ。自分が幸福になれないことが保証されているというのに、そんなことしてる場合じゃない。自分が生きられることも担保されていないのに、それならまず自分を救わなくては、自分が死なないで生きられる安全安心がまずなくては、絶対にしくじる。自分も他人も皆不幸にする。

 

とても言えないで生きて来た。言語化する能力がなかったのは私の抵抗感が凄まじいからで、だから半端にしか書いたりして来れなかった。

 

まだ私はまともな親を望む子どもだ。どう虚勢を張ったってそうだ。誰もわかってくれない、私を理解して欲しい、助けて欲しい、そんなので頭がいっぱいなのだ。

 

自分を大事にすることは、教わらなければ普通、分かることではない。私は誘導してもらえたわけだけど、不幸が消えたということではない。彼は私が激しく行き詰ってどうにもならない叫びをあげた時、ただ、

 

「欠けている自分を完成させようとして、壊していただけだった」

 

と、そんなことをポイと言っていた。

私に宛てて言ったのかわからなかったが、まあそういうことをする人だ。

 

いつまでも親から受けた調教のままに自分を虐待し続ける義理はないのだが、私は努力してますよとアピールすることがメインの目的になってしまっていたのだ。わかって下さいと。これを心理学では承認欲求とかいう。ずいぶん偉そうな物言いだ。それがない人間がいるか。

 

私は無駄に無意味に孤独でいるのはもうごめんだ。

自叙伝というもの 2017/02/11 21:55ー22:57

昔、自伝的な小説を書いたことがある。私には自分の境遇、出来事をそのまま書くことが耐えられなかったので、かなりのフィクションにした。ファンタジーに近いのかも知れない。虚構の世界を作ってみたからだ。ほぼ実家のことを書いたのだが、ただ黙って渡されて読んでもそうとはわからないと思う。

 

今はそのこと、つまり書いたことがあるという事実を思い出しただけで息が苦しくなるし吐き気がする。それ程、現在は物事に対する感性の強い麻痺が解けたのだと考えられる。今同じ感覚では書けない。確か30歳くらいの頃に書いた気はするが、年齢が合っているか思いだせない。それよりその頃私は強固な麻痺状態だった。あるいはそういうことではないのかも知れない。書けるだけ書いたあと、私には一定の良い意味での変化があったにはあったからだ。

 

でも麻痺とか何か異常がなければあんなもの書けたとも思えない内容だったけど。

 

鈍くなければ生き延びることができたようには思えない。そのまま、私は40歳になる年を迎えた。それが昨年である。数年前、余計ややこしくなる出来事があったので、そのままずっとただ生きているだけの苦痛しかない人生を終えた可能性は大きい。自分が生きている気もしてはいなかったが。

 

私はずっと、モノで道具としか自分を認識できなかった。良くて、何か人間の下に属する下等生物みたいなモノだ。

人生が始まったと本当に感じ出したのは昨日今日の話だ。それだけではまともに生きるのは無理だ。モノでしかなかった過去がいきなり消えてくれはしない。自動的にも消えない。そもそも消えるというわけでもないようである。

 

ここで試験的にしているのはその小説執筆と同じことだ。今度は記憶の限りでの事実をそのままただ書いていくのだが、いきなり数記事、どうも逸れた。

 

なるべく早く入院することになったのでどうなるか色んな意味で不明なのだが、負担にならないよう気をつけつつ書いていく。

 

19時から眠れなくて、ちょっとメモした。