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生きたいように

NIKITAは発達障害。考えるための色んなことを書く。そんな感じ。

何より自分が大事 2017/02/07 3:30-4:29

体調が悪くて悪くて悪くて悪くて悪くて困っていた。

 

友人宅に泊めてもらっているが喋れなくなるほどの頭痛や吐き気、耳鳴りなど、自宅で居た時と同じ症状が強く出ていて、考えたり行動したりするどころではない。

 

が、理由がわかった。寝不足だ。

外を必死になって歩くことがあるわけだが、何だか歩いていたら凄まじく眠気を感じたという、何だそれは、と言いたくなることからわかったのだ。

 

去年1年は本当に無茶して負担だったが、とにかく眠れずまた寝なかった。平均したら1日2時間くらいしか寝なかったのではないだろうか。

 

具合が悪いのは当たり前だが、閉じ込もって全然動かなければこれでも死んだりしないのだな、と思った。倒れているのは既に倒れた状態だからわからなかった。

 

さらにそこまで気づいたタイミング辺りでSNSでアメリカ住まいの日米ミックスの友人が記事を更新して、通知があったのですぐに読んだ。ずっと続けたバレエをやめること、やりたいことが2つできたことが骨子だったのだが、何かそれを読んだらハッとなった。

 

頭でゴチャゴチャと考え過ぎていて、私の脳はマニュアルみたいなものでパンパンだったが、それは人に言われたことだった。来未にせよ最近話すことが多い香港の友人にせよ他の誰にせよ、何も私を苦しめるために助言したのでもなく、私をコントロールして言うことを聞かせたいのでもない。私にとっては今も人間とはそういう存在としか感じないものは感じないのだということ、無理矢理人に好かれるとか嫌われないようにとか見捨てられないようにとか、そういう基準でしか今も生きていないがそれは無理に決まっていること、なら私が今できる最低限のことは自分にダメ出しだけは絶対しないことだと気づいた。

 

辛いものは辛いと、怖いものは怖いと、感じるものは感じるのだから認めよう。自分だけでも私の味方であって、自分が感じることまで否定しない。だってそう感じるようになったのは私が悪いのではないからだ。そもそも良いとか悪いとかそんなものはないのだ。そう感じるのは良いとか悪いとか言ってたら苦しいだけで、どうにかすることへ向かって行けない。

 

今のところ私はもうどう言い繕ったって人間が怖いのだ。じゃあどうすればラクに、マシになるだろうか。こういう流れ。否定する必要はどこにも入らなくなる。怖くて当然のことをされまくっているのに平気なフリをしても自分が辛いだけじゃないか。

 

誰かを喜ばすのは結果であって目的じゃない。好きなことできない、思いつけない、そりゃ当然だった。もし、例えば来未にどうしても喜んで欲しかったら、来未のことを気にして考えたり行動したりしないことだ。大事なのは自分(来未)とやり取りすることではなく、私(NIKITA)が少しでも楽しく生きるためにやり取りしてるんですと彼ははっきり言った。ずっと覚えているのだがやっと意味がわかったと言えるかも知れない。